White Album 2/Script/3011

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	Speaker		Text		Comment
Line #	JP	EN	JP	EN
1	春希	Haruki	「ほら、パン焼けたぞ」
2	かずさ	Kazusa	「ん…」
3	春希	Haruki	「ふぁぁ…」
4	かずさ	Kazusa	「寝不足か？」
5	春希	Haruki	「ちょっとな… さっきまでメール処理してたから」
6			公約通り、浜田さんはしっかり雑務をｚｉｐでくれた。
7	かずさ	Kazusa	「家に仕事持ち帰ってんのかよ… 典型的な日本のサラリーマンだなお前。 いつか過労死するぞ」
8	春希	Haruki	「…否定はしないけどな」
9			解凍した後のファイル数を見て、 軽くめまいに襲われた時に眠っておけばよかった。
10	かずさ	Kazusa	「そうやって身を粉にして働いて、 家族養うだけで自分を犠牲にする人生か。 生きてて何が楽しいんだか」
11			けど、こいつに言われたくないって気持ちはある。
12			何しろ俺が真夜中に仕事に手をつけるほど 眠れなくなってしまった原因は…
13	春希	Haruki	「家族が本当に大切だったら、 そのために頑張れるのは楽しいことだと思うぞ。 まだ経験で語れないけど」
14	かずさ	Kazusa	「あ～、そりゃそうだろうな。 何しろお前の家族になってやろうって相手は…」
15	春希	Haruki	「………ほら、目玉焼き」
16	かずさ	Kazusa	「ん…」
17			かずさの方も、俺が言葉を遮った意図を理解したのか、 それ以上は嫌味ったらしく踏み込んでこなかった。
18	春希	Haruki	「塩コショウ？　ソース？　醤油？」
19	かずさ	Kazusa	「ケチャップ」
20	春希	Haruki	「調味料まで甘めのものを…」
21	かずさ	Kazusa	「あたしの勝手だ」
22			鍋、フライパン、皿、スプーン、ナイフとフォーク、箸。 オーブントースターにパンに卵に生野菜に調味料。
23			たった一日で、 かずさの部屋には結構な家財道具が入り込んだ。 …とはいえ全部俺の部屋からの輸入品だけど。
24	春希	Haruki	「さてと、それじゃいただきます」
25	かずさ	Kazusa	「ん…」
26	春希	Haruki	「………（じろり）」
27	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
28	春希	Haruki	「………っ」
29	かずさ	Kazusa	「…いただきます」
30	春希	Haruki	「食べてよし」
31	かずさ	Kazusa	「っとに、鬱陶しい」
32			昨日もしつこく言い聞かせたのに… って、絶対にわざと反抗してるよな、こいつ。
33	春希	Haruki	「って、お前そんなにジャム塗るな。 また一瓶空けるつもりか」
34	かずさ	Kazusa	「朝に甘いものは重要だろ。 糖分取らないと頭働かないぞ」
35	春希	Haruki	「それにしても限度が…って、紅茶にも入れるのかよ！」
36	かずさ	Kazusa	「ロシアンティーも知らないのか日本人は」
37			…まぁ、こっちのパラノイア的甘党に関しては、 わざとでも何でもないことは歴史が証明済みだけど。
38			………	.........
39	かずさ	Kazusa	「へぇ、しばらくは出張扱いなのか。 思ったより気楽なんだな、お前の仕事も」
40	春希	Haruki	「言っておくが仕事量は減ってないからな。 むしろこの取材分だけ増えてる」
41			かずさは味がわかってるのか怪しいくらい 素早く朝食を平らげ、 今は二杯目のロシアンティーを喉に流し込んでいる。
42			今日もまた新品のジャムが一瓶消えた。 …駄目だこいつ。早く食生活改善させないと。
43	春希	Haruki	「そっちはどうなんだ？ 今日は練習か？」
44	かずさ	Kazusa	「毎日練習だ、朝の１０時から」
45	春希	Haruki	「こっちでも一日十時間なのか？」
46	かずさ	Kazusa	「お前のせいでな」
47	春希	Haruki	「そっか…」
48			その決めつけは、そりゃ嬉しいけど、 結構苦しくもあるんだけどな。
49	かずさ	Kazusa	「で、これがコンサートやコンクールの直前だと、 寝て食べる以外の時間は全部弾いてる」
50	春希	Haruki	「…人間のやることじゃないよな」
51	かずさ	Kazusa	「演奏家なんてみんなそんなもんだ。 あたしだけ特別こんなことやってる訳じゃない」
52	春希	Haruki	「大変なんだな…」
53	かずさ	Kazusa	「そうだよ。だから家事とか私生活のことなんか 何もできなくて当然なんだ。 する暇がないからな」
54	春希	Haruki	「お前は単に物臭なだけだろ。 ピアノやってなかった頃だって全然…」
55	かずさ	Kazusa	「うるさいな。 あの頃のあたしは親に反抗してたからだよ」
56	春希	Haruki	「カッコ悪かったもんなぁ、あの頃のお前…」
57	かずさ	Kazusa	「お前は今もカッコ悪いけどな」
58	春希	Haruki	「まぁな」
59			それでもその立ち振る舞いが、 憧れてしまうくらいカッコ良かったのが、 またタチが悪かったんだけど。
60	かずさ	Kazusa	「さてと、それじゃ練習に行くか。 お前はどうするんだ？ あたしにしつこく付きまとうのか？」
61			そして今、親への反抗をやめて、 ストイックな音楽家になった冬馬かずさは、 結局、何をしてもカッコ良いってことを証明した。
62			俺の作った食事を感謝もせず食べてても、 俺が世話を焼くのを当然のように受け止めてても、 俺にどれだけ悪態をついてても…
63	春希	Haruki	「なぁ、かずさ。 今日の練習、昼からにできないか？」
64	かずさ	Kazusa	「…なんでだよ？」
65	春希	Haruki	「午前中、俺に付き合ってくれ」
66	かずさ	Kazusa	「え…」
67	春希	Haruki	「駄目か…？」
68	かずさ	Kazusa	「お、お前、何言ってんだよ。 そんなこと、今さら…」
69	春希	Haruki	「けどお前、家財道具揃えないと。 空っぽの部屋のまま、一月過ごすつもりなのか？」
70	かずさ	Kazusa	「………あ」
71	春希	Haruki	「プリンもアイスクリームも、 今のままじゃ食べたいときに食べられないぞ。 それでもいいんだな？」
72	かずさ	Kazusa	「………っ」
73			だから、自分の照れ隠しのために、 かずさのカッコ良さを崩そうと躍起になり。
74			…そのせいで、 かずさが普段見せない一面を引き出してしまい、 余計にヤバい気持ちになってしまう。
75			またしても悪循環。 ほんと、学習しないな、俺も。
76			………	.........
77	かずさ	Kazusa	「ふぅ、間に合った」
78	春希	Haruki	「一本遅らせてもいいから全力で走るな。 またヒール折るぞ？」
79	かずさ	Kazusa	「…嫌なことを思い出させるな春希は。 あの時は雪だったから仕方ないんだって」
80	春希	Haruki	「とにかく、お前は今怪我していい訳ないんだから、 もうちょっと慎重にだな………あ」
81	かずさ	Kazusa	「だから、そんなヘマなんかしないって言ってるだろ。 コンサートが近づくと、集中力が増してくるから」
82	春希	Haruki	「………」	"........."
83	かずさ	Kazusa	「これが三日前くらいになると、 自分で言うのもなんだけど凄いぞ。 １００メートル先で誰かが石を蹴った音が聞こえたり…」
84	春希	Haruki	「………」	"........."
85	かずさ	Kazusa	「…春希？」
86			なんて、こった。
87	春希	Haruki	「かずさ…」
88	かずさ	Kazusa	「え、なに………きゃっ！？ お、お、おい…っ」
89			かずさの肩に手を置くと、 力を込めてくるりと半回転。
90			そのままドアの方を向かせ、 背中から抱きしめるように身体を重ねる。
91	かずさ	Kazusa	「は、春希… いきなり、なにすんだよお前…っ」
92			俺の、そんな強引にも程がある行為に、 かずさが全身を思いっきり強ばらせる。
93	春希	Haruki	「あんま喋るな…」
94	かずさ	Kazusa	「なんで、なんで… お前、こんなことしたらどうなるか…」
95	春希	Haruki	「頼む、目立たないでくれ… 昨日言ったことがもう現実になってる」
96	かずさ	Kazusa	「…何のことだ？」
97	春希	Haruki	「広告にお前の写真が…」
98	かずさ	Kazusa	「…んだってぇ？」
99			かずさに説教を垂れつつふと見上げた先の、 お馴染みの写真週刊誌の中吊り広告。
100			前から三番目の記事紹介に 『冬馬かずさ』の文字と顔写真を見た瞬間、 俺の心拍数は一気に３０近く上がった。
101	春希	Haruki	「とにかく下りるまでずっと外見てろ。 絶対こっち向くなよ？」
102	かずさ	Kazusa	「けど、どんなこと書いてあるか…」
103	春希	Haruki	「見るな。 デタラメばっかりだ」
104	かずさ	Kazusa	「………っ」
105			その一言で、 かずさにはその記事の内容が、 もしかしたら伝わってしまったかもしれない。
106			けど、やっぱ駄目だ。 こんな…
107			『取材拒否　暴言乱発　ファンの声援も無視』
108			『初来日・天才二世ピアニスト冬馬かずさ 母親譲りの唯我独尊』
109			“これぞ三流週刊誌”という表現が 気持ちいいくらいぴったりハマる、 お馴染みの見出し。
110	春希	Haruki	「考え過ぎかもしれないけど、 誰かがお前の正体に気づくかもしれない。 …そんなことになったらヤだろ？」
111	かずさ	Kazusa	「春希…」
112			本当は『気づかれたくない』より 『見せたくない』気持ちの方が強かったけど、 いちいちそんな心情を説明する必要なんかない。
113			ただ、俺がこうしないと。 かずさと日本との間の、緩衝材にならないと…
114	春希	Haruki	「だから、悪い。 ちょっと窮屈かもしれないけど…」
115	かずさ	Kazusa	「窮屈だ。悪い。最悪だ。 お前は本当に厚かましい奴だ」
116	春希	Haruki	「ごめんな…」
117	かずさ	Kazusa	「謝れば済むと思ってやがる。 あたしなら、許すだろうって思ってやがる」
118	春希	Haruki	「そんなことは…」
119	かずさ	Kazusa	「………ふざけるな」
120			口からの罵詈雑言はそのままだったけど、 それでも俺は、かずさが落ち着いたことを知り、 少しだけ胸をなで下ろした。
121			だって、全身の緊張が解けたから。 少しだけ、俺の体が触れるのを許し始めたから。
122	春希	Haruki	「………」	"........."
123	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
124			車内は、いつも通りだった。
125			皆、目の前の写真に写ってる女性と、 ドアに不自然にへばりついてる女性との 相関関係には気づいていなかった。
126			その事実に俺の判断が効いたのかどうかは 正直よくわからなかったけど、 でも、今後もこういう判断が発生することだけは実感した。
127	春希	Haruki	「はぁ…」
128	かずさ	Kazusa	「っ…」
129	曜子	Youko	『このままじゃ、多分そのうちボロボロになる』
130			曜子さんの言ってたことは杞憂だと思ってたけど、 実はあまりそうでないのかも…
131			やっぱり…俺が守らなくちゃならないのか？
132			俺のささやかな未来のためには、 一番遠ざけなくちゃならないこの女を…？
133	かずさ	Kazusa	「…なぁ、春希」
134	春希	Haruki	「…なんだよ、かずさ？」
135	かずさ	Kazusa	「さっきからなんか当たってるぞ？ …あたしのお尻に」
136	春希	Haruki	「カメラだよ！」
137			………	.........
138	店員	Clerk	「ほら… こんな感じですけど、いかがでしょう？」
139	春希	Haruki	「へぇ…」
140	かずさ	Kazusa	「へ、へぇじゃない！ 鏡、鏡はどこだ！」
141	店員	Clerk	「大丈夫ですよ。 ほんとお似合いです」
142	かずさ	Kazusa	「そんな感想はいいから、早く！」
143	春希	Haruki	「慌てるなよ…」
144	かずさ	Kazusa	「慌てるに決まってるだろ！ こんな、こんな…」
145	かずさ	Kazusa	「な…っ」
146	店員	Clerk	「彼女、髪長くて綺麗だから、 ちょっと勿体ないかなって気もしたけど、 こっちもいけますね～」
147	春希	Haruki	「本当だ…全然ＯＫですね」
148	かずさ	Kazusa	「な、な、な…」
149			電車から降りて俺たちが最初に目指したのは、 家電量販店でも家具店でもなく、 アクセサリショップだった。
150			そこで、結構お馴染みになった店員に相談し、 『素顔が気取られないグッズ』という、 あまりに怪しい条件で見繕ってもらったのがこれ。
151			コームの髪飾りで髪をサイドアップにまとめ、 伊達眼鏡で目を隠し…
152			これで『ただ今話題沸騰のピアニスト冬馬かずさ』改め、 『その辺にいる眼鏡の綺麗なお姉さん』の出来上がり。
153	かずさ	Kazusa	「…何だこれは？ 馬鹿にしてるのかお前」
154	店員	Clerk	「え～？ すごく似合ってますよねぇ？」
155	春希	Haruki	「ねぇ？」
156			………出来上がり、だよな？
157	かずさ	Kazusa	「女の髪や顔を勝手にいじるなんて、 お前もえらくなったもんだよなぁ… 五年前は岩石よりも堅い委員長だったのに」
158	春希	Haruki	「仕方ないだろ。 素のままで歩けなくなったお前が悪い」
159	かずさ	Kazusa	「っ、あたしのせいじゃない！」
160	春希	Haruki	「うん、お前の責任じゃなくてお前の実力だよ。 …別に卑下することなんかない」
161	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
162			俺がこんな手を思いついたヒントは、 付属時代、俺と知り合う前の、放課後の雪菜だった。
163			眼鏡をかけて三つ編みにして、わざと野暮ったい服を着て、 学園のアイドルという自分を、学園近くのスーパーで、 二年半も隠蔽し続けた嘘つきな女の子。
164			…その手法をあろうことか、かずさに施すって、 俺って結構酷い奴なのかもしれないけど。
165			でも今は、背に腹を替えられない。 普段のかずさを世間の目から逸らすことが何よりも先決だ。
166	店員	Clerk	「どうします？ 別の持ってきましょうか？」
167	春希	Haruki	「だとさ。 どうする？」
168	かずさ	Kazusa	「………っ」
169	春希	Haruki	「…会計お願いします。 両方とも」
170	店員	Clerk	「はい、お買いあげありがとうございます」
171			そのふてくされた沈黙は、 『どれでも同じだ馬鹿野郎』という台詞を、 しっかりと表情で語っていた。
172			………	.........
173	かずさ	Kazusa	「言っておくけど、 こんなもの買ったって明日から使わないぞ？」
174			その後、追加でマフラーと帽子も揃え、 『その辺にいる眼鏡の綺麗なお姉さん』から、 『その辺にいる重装備の綺麗なお姉さん』に早変わり。
175			…なんか違うような気もするけど。
176	春希	Haruki	「何でそんなに嫌がるんだよ？ そりゃ、少し窮屈かもしれないけど、 街でいきなり正体バレするよりは…」
177	かずさ	Kazusa	「あたし、髪結べないんだ」
178	春希	Haruki	「…はぁ？」
179	かずさ	Kazusa	「絶対にグシャグシャになるんだ。 …前に一度試して、母さんに呆れられたんだ」
180	春希	Haruki	「………」	"........."
181			こいつが昔からずっとストレートロングのままなのは…
182	かずさ	Kazusa	「だから、その… 眼鏡は使うけど、コームの方は…」
183	春希	Haruki	「俺が結べばいいんだろ？」
184	かずさ	Kazusa	「え…」
185			髪をひっつめることすら満足にできない、 天才的に手先が器用なはずのピアニスト。
186			それは多分、生来のめんどくさがりな性格が 多分に影響してるとは思うけれど。
187	春希	Haruki	「このまとめ方なら、さっきのやり方見てたから、 ちゃんと再現できると思う」
188			髪をまとめるのと、 綺麗なストレートのままにしておくのと、 どっちが大変なんだよと思わないでもないけれど。
189	かずさ	Kazusa	「けどそれって、毎朝…」
190	春希	Haruki	「迷惑か？」
191	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
192			でも、こいつができないって言うならしょうがない。 独占取材の邪魔になりそうな要素は、 担当の俺が極力排除するしかないから。
193	春希	Haruki	「こっちの仕事の都合もあるから、 朝早くでないと無理な日もあると思う。 だから、できれば生活リズムを合わせてくれると…」
194	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
195	春希	Haruki	「やっぱ、駄目か？」
196	かずさ	Kazusa	「知るか。 勝手にしろ」
197			なんて、いつも通り悪態をつきながら、 『勝手にしろ』というお墨付きとともに、 その意を悟られまいと、さっさと先に歩き出す。
198			結局、かずさは散々文句を垂れまくっても、 何だかんだでこっちの主張を受け入れてくれる、 最後の砦的な優しさを失いはしない。
199			俺の前では、いつもいつもふてくされてて、 俺の干渉をとても迷惑そうに受け流して、 けれど気がつくと隣にいたりして…
200			今のかずさは、 まるで俺と雪菜が出逢う前の…
201	春希	Haruki	「そうだ… かずさ、ちょっと待ってくれ」
202	かずさ	Kazusa	「なんでだよ？ 早いところ他の買い物も済ませないと、 練習時間がどんどん削られて…」
203	春希	Haruki	「一枚だけ、一枚！ ほら、そこに立って」
204	かずさ	Kazusa	「え…」
205			言いながら、俺がカメラをケースから取り出すと、 眼鏡越しのかずさの瞳が、ちょっと揺らぐ。
206	春希	Haruki	「ほら、笑って… って、普段通りの方がいいか。 ほらかずさ、しかめっ面頼む」
207	かずさ	Kazusa	「…やっぱりあたしを馬鹿にしてるだろ、お前」
208	春希	Haruki	「そう、そんな感じ… 行きます、はい…っ」
209	かずさ	Kazusa	「っ…あ」
210			けど、そんなちょっと戸惑い気味の表情は、 まんまとデジカメのデータに変換されてしまった。
211	春希	Haruki	「お疲れさまでした。 じゃ次、家電コーナー行くぞ」
212	かずさ	Kazusa	「初めての一枚が変装姿かよ…」
213	春希	Haruki	「だって、これはこれで…」
214	かずさ	Kazusa	「…本当に、馬鹿にしやがって」
215	春希	Haruki	「別に馬鹿になんかしてないって。 本当に似合って…」
216	かずさ	Kazusa	「あ…そうだ。 レシート」
217	春希	Haruki	「え？　何の？」
218	かずさ	Kazusa	「変装道具一式のだよ。 お前、全部現金で払ってたよな？」
219	春希	Haruki	「あ、あ～………そっか」
220			ちぇっ、気づかれた。
221	かずさ	Kazusa	「後でまとめて精算するから、 とりあえず渡しておいて…」
222	春希	Haruki	「いるかそんなの。 俺のニーズで買ったんだから」
223	かずさ	Kazusa	「え…」
224			俺が払うためにわざと現金払いにしたのに、 なんて空気を読まない奴だ…
225	春希	Haruki	「その代わり、これから買う家電とか家具は別だぞ？ 今の買い物と比べて金額の桁が違うしな」
226	かずさ	Kazusa	「………」	"........."
227	春希	Haruki	「聞いてるのか？ ちゃんと払えよ？」
228	かずさ	Kazusa	「あ、ああ…」
229	春希	Haruki	「それならいいんだよ。 さ、今度こそ行くぞ」
230	かずさ	Kazusa	「…春希」
231	春希	Haruki	「あ、それと櫛は後でちゃんと踏んでおけよ？ そうしないと[R苦^９]しんで[R死^４]ぬことになるからな」
232	かずさ	Kazusa	「現実的なくせに迷信深いなお前は…」
233			こうして、『冬馬かずさ独占取材』の初日は、 何の計画性もなく、唐突にスタートを切った。
234			かずさは、やっぱり悪態をつきながらも、 今度は先に歩き出す俺の後ろを、 三歩離れてしっかりついてきてくれた。
235			………	.........
236			……	......
237			…	...
238	春希	Haruki	「よし、これでなんとか一通り揃えたかな？」
239			冷蔵庫、テーブル、ベッド、その他諸々。 家電売り場と家具売り場を縦横無尽に走り回り、 たった数時間で１０万以上も散財してしまった。
240			まぁ、冬馬家にしてみれば、 この程度の出費、痛くも痒くもないんだろうけど。
241			…なにしろたった一月程度の滞在のために、 敷金礼金合わせて三か月分を払う気前のいい一家だ。
242	かずさ	Kazusa	「うわ…もう２時だぞ。 どれだけあたしを引きずり回せば気が済むんだ」
243	春希	Haruki	「…文句言うだけの奴は楽でいいよなぁ」
244			結局、店員との交渉は全て俺任せ。
245			かずさは暇そうに店内の商品を見て回り、 最終的な俺の選択にケチをつけるだけ。
246	かずさ	Kazusa	「もうちょっとデザインも考慮に入れろ。 春希、お前機能とコストパフォーマンスしか 見てないじゃないか」
247	春希	Haruki	「生活必需品選びにそれ以外の観点があるか？」
248	かずさ	Kazusa	「だからお前の生活には潤いが足りないんだ。 もうちょっとゆとりを持って生きろよこの働き蟻」
249	春希	Haruki	「お前、自分がキリギリスだって自覚してるだろ？」
250			けれど『じゃあどれならいいんだよ？』という 俺の質問に、『そんなの知るか』で返してくるから、 結局最初に選んだのに決まるという展開の繰り返し。
251			かずさがいちいち文句さえつけなきゃ、 余裕で１時に間に合ってたんだけど。
252	かずさ	Kazusa	「とにかく用事はこれで終わりなんだな？ あたしはもう練習に向かっていいんだな？」
253	春希	Haruki	「ああ、お疲れさま」
254	かずさ	Kazusa	「本当に疲れるのはこれからだ… 今から十時間だからな」
255	春希	Haruki	「…今日もやるのか？ 随分と遅くから始めるのに」
256	かずさ	Kazusa	「ん…日課だからな」
257	春希	Haruki	「そっか…」
258			なんて、これからの地獄の特訓に 思いを馳せてるはずなのに。
259			かずさの表情は昨夜からだんだん… いや、先週末からどんどん穏やかになってきてる。
260	かずさ	Kazusa	「それじゃ、春希…」
261	春希	Haruki	「あ、あのさ… できれば弾いてるところも撮らせてくれないかな？」
262	かずさ	Kazusa	「悪い…練習だけは見せたくないんだ。 まだ仕上がってないから」
263	春希	Haruki	「最初の数分だけでいいんだけどな。 その、弾いてるふりしてくれれば」
264	かずさ	Kazusa	「コンサートの後にしてくれ。 今は集中したいんだ」
265	春希	Haruki	「そっか…ごめん、無理言って」
266	かずさ	Kazusa	「いや…あたしの方こそ」
267			その証拠に、 以前なら怒鳴られてもおかしくないやり取りも、 こうしてお互い譲歩しあうことができる。
268	春希	Haruki	「じゃ、頑張ってな。 そうだ、晩飯はどうする？」
269	かずさ	Kazusa	「なんでもいい。 どうせ何作っても大して美味くないだろ、お前」
270	春希	Haruki	「………わかったよ」
271			そのかずさの答えを受けた俺の苦笑いは、 とっくに背中を向けたかずさには 届いていなかったかもしれない。
272			本当は『外で済ませてくるか家で食うか』を 聞いたつもりだったんだけどな…
273	かずさ	Kazusa	「今は無理に決まってるだろ、春希…」
274	かずさ	Kazusa	「だってさ… お前に最高の冬馬かずさを見せるためだけに、 あたしは日本まで来たんだぞ？」

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